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外からの
来襲に備えた
軍事施設の
研究─
それらの遺構を探る
画像はAIによるイメージです
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KT
アツシ
Baron
ミイナ
よぐ
チーム調査報告


外からの来襲に備えた軍事施設の研究─それらの遺構を探る 調査成果 そのⅣ
海外からの脅威 第4波 欧米ロからの圧力に対する防衛 明治編 4.資料提示 淡路島 由良周辺 参考文献 角田誠 2009「Ⅰ . 由良地区の砲台・堡塁」『由良要塞跡Ⅰ~大阪湾防禦の近代築城 遺跡~』近代築城遺跡研究会 兵庫県教育委員会 2013『兵庫県の台場・砲台』 由良地区周辺分布図 (角田 2009) 成山砲台 ここは近世由良城が築かれていた場所で、城跡の主要部分は砲座築造の際にその遺構も大部分消滅した。 成山第1砲台 第1砲台には、克式35 口径12 糎加農砲6門、克式35 口径15 糎加農砲2門が配備され ていた。竣工後に第一、第二砲台において、砲廠・弾廠・繋船場・弾丸本庫等を増築して いる。戦後米軍の命令により爆破されており、更に国民宿舎成山荘が建てられた関係で、遺構の殆どは破壊を受けており詳細は不明である。 成山第2砲台 第二砲台には28 糎権弾砲2門と制式12 糎加農砲2門が配備されていた。砲座及び横堵は残存しているが、戦後米軍の命令により爆破されている。破壊を受けた東側28 榴弾砲座の砲側庫内は半分以上土で埋まっており、立入が困

軍事施設チーム
10 時間前


外からの来襲に備えた軍事施設の研究─それらの遺構を探る 調査成果 そのⅣ
海外からの脅威 第4波 欧米ロからの圧力に対する防衛 明治編 5.資料提示 和歌山市周辺 参考文献 角田誠 2009「Ⅲ . 深山地区の砲台・堡塁」『由良要塞跡Ⅰ~大阪湾防禦の近代築城 遺跡~』近代築城遺跡研究会 角田誠 2010「Ⅳ . 加太地区の砲台・堡塁」『由良要塞跡Ⅱ~紀淡海峡の近代築城遺跡~』近代築城遺跡研究会 和歌山県教育委員会 2025 『和歌山県近代の文化遺産章再調査報告書Ⅰ』和歌山県教育委員会 深山・加太地区軍事施設分布図 (和歌山県教育委員会 2025) 深山砲台 深山第1砲台 第1砲台は、28cmの榴弾砲で、2門1組の砲座が3組、総レンガ造りで東西に並び、砲座間の連絡は砲座後方のに設けられた隧道によっている。(角田誠 2009) 深山第1砲台 和歌山県教育委員会 2025 『和歌山県近代の文化遺産章再調査報告書Ⅰ』和歌山県教育委員会 深山第1砲台 (角田誠 2009) 深山第2砲台 第2砲台は、28cmの榴弾砲で、2門1組の砲座が3組、

軍事施設チーム
1 日前


外からの来襲に備えた軍事施設の研究─それらの遺構を探る 調査成果 そのⅢ
海外からの脅威 第3波 欧米ロからの圧力に対する防衛 幕末編 3.資料提示 神戸市・西宮市編 神戸市 舞子台場 舞子台場は現在の海岸護岸の石垣が築造当時のままのものであり、台場の石垣も良好な状態を保っている。東西70m、幅6~10mで石垣が巡っている。 上層部には全面に砲門15ヵ所や背面には出入り口となるアーチ状の門が5~7あったようで、築造当時の高さは海岸から約10mあったと推測される。 舞子台場位置図(国土地理院) 舞子台場全景 (兵庫県教育委員会 2013『兵庫県の台場・砲台』) 舞子台場東端背面石垣 (兵庫県教育委員会 2013『兵庫県の台場・砲台』) 舞子台場平面図 神戸市教育委員会 2006 『』舞子砲台跡第1~4次 発掘調査報告書 舞子台場 「神戸市立中央図書館蔵 『明治初期神戸付近写真帖』」 和田岬砲台 和田岬砲台は勝安房の命により佐藤与之助が設計し、地元の嘉納次郞作が請け負って造ら

軍事施設チーム
8月10日


外からの来襲に備えた軍事施設の研究─それらの遺構を探る 調査成果 そのⅢ
海外からの脅威 第3波 欧米ロからの圧力に対する防衛 幕末編 2.資料提示 淡路島編 淡路島 洲本市周辺 矩口台場 矩口台場は東北東に向かって海に面しており、鈍角の凸角部を3ヵ所砲座6個を有する砲台である。砲台部全面は石垣で、現在も民家の裏に当時のものが一部残っている。 参考文献(角田誠 2018 「淡路島における幕末海防築城」『幕末の大阪湾と台場』戎光祥出版) 矩口台場位置図 参考文献(角田誠 2018 「淡路島における幕末海防築城」『幕末の大阪湾と台場』戎光祥出版) 国土地理院航空写真 矩口台場 「洲本御城下町絵図」より 参考文献(角田誠 2018 「淡路島における幕末海防築城」『幕末の大阪湾と台場』戎光祥出版) 高崎台場 高崎台場は南北370m、東西100mの規模である。後世の改変により中心部分は失われているが、北端部に残存する火薬庫の石垣と、外周の南部分残存する稜堡式築城砲特有の凸角部のある屈曲した石垣が確認できる。 参考文献(角田誠 2018 「淡路島における幕末海防築城」『幕末の大阪湾と台場』戎光祥出版) 高崎台場位置図...

軍事施設チーム
8月9日


外からの来襲に備えた軍事施設の研究─それらの遺構を探る 調査成果 そのⅤ
海外からの脅威 第5波 空への防衛 高射砲陣地 5.高射砲陣地の資料提示Ⅳ 七松Ⅱ 現地調査報告 現況の航空写真に写り込んでいる高射砲台に青丸で位置を特定し1948年撮影の航空写真を重ねたもの 同じ手法で地図上に七松Ⅱの位置を入れ込んだもの (番号は下記写真の番号に一致) ① 高射砲砲台 円錐形の基礎(現存)高さ3mを超える ① 砲床の突起部 ② 高射砲砲台 円錐形の基礎(現存) 円錐形台座上部 (突起部はライオン像の下に埋め込まれている?) 継ぎ目より上部は戦後に付け足されたもの その上にライオン像が設置された。 まとめ 阪神間で高射砲台が現存するのは神戸市の1例と尼崎市の七松Ⅱ・八尾市の河川敷のみ 貴重な戦争遺跡の資料といえる。 1942年の航空写真に写っている高射砲陣地もあるが、七松Ⅱは1942年の航空写真では確認できない。『戦史叢書本土防空作戦』中部高射砲集団阪神要地防空配備要図によれば、1944年12月~1945年1月の期間には設置が確認できるものである。 愛知県等で現存する高射砲台との比較も鑑みれば、高射砲台としては新しい部類と推測

軍事施設チーム
8月5日
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