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外からの来襲に備えた軍事施設の研究─それらの遺構を探る 調査成果 そのⅢ


海外からの脅威 第3波 欧米ロからの圧力に対する防衛 幕末編


4.資料提示 大阪府編


梶原台場

梶原台場は1863年に着工市、一時工事の延期を経て、1865年には完成している。

台場は大きく2つの区画で構成され、南側の土塁と堀の規模が大きい。規模は南北200×300mに復元される。南の郭は弾薬庫と2ヵ所の虎口があり、北の郭とは直接連絡せず内ヶ池と街道を射程に収める稜堡を備えた。北の郭には西国街道を引き込み番所をもうけた。

梶原台場位置図
梶原台場位置図
梶原台場 明治43年 地図
梶原台場 明治43年 地図
梶原台場神内炮台図(摂州島上郡万所山塁壁關門 野堡之図)
梶原台場神内炮台図(摂州島上郡万所山塁壁關門 野堡之図)
梶原台場概念図                                           中西裕樹2009 「梶原台場の歴史と構造」『ヒストリア』217
梶原台場概念図                                           中西裕樹2009 「梶原台場の歴史と構造」『ヒストリア』217
梶原台場神内炮台図(摂州島上郡万所山塁壁關門 野堡之図)                        高槻市街にぎわい部文化財課 2026 『梶原台場跡発掘調査 現地説明会資料』高槻市街にぎわい部文化財課 
梶原台場神内炮台図(摂州島上郡万所山塁壁關門 野堡之図)                        高槻市街にぎわい部文化財課 2026 『梶原台場跡発掘調査 現地説明会資料』高槻市街にぎわい部文化財課 

梶原台場発掘地区平面図                          (高槻市街にぎわい部文化財課 2026 『梶原台場跡発掘調査 現地説明会資料』高槻市街にぎわい部文化財課 )一部加筆
梶原台場発掘地区平面図                          (高槻市街にぎわい部文化財課 2026 『梶原台場跡発掘調査 現地説明会資料』高槻市街にぎわい部文化財課 )一部加筆
写真①
写真①
写真②
写真②
写真③
写真③
写真④
写真④
写真⑤
写真⑤

楠葉台場

楠葉台場は、梶原台場と同じく1864年着工、1865年完成。規模は、南北300×東西200mであり、南側の虎口周辺の構造は五稜郭に近い。東側の郭には北隅を弾薬庫としている。

西側の郭には番所をもうけ稜堡が2ヵ所あり、ともに先端は砲台となる。

楠葉台場位置図
楠葉台場位置図
楠葉台場位置図 明治42年測量 陸軍陸地測量部
楠葉台場位置図 明治42年測量 陸軍陸地測量部
河州交野郡楠葉村関門絵図一分計              京都府立京都学・歴彩館蔵
河州交野郡楠葉村関門絵図一分計              京都府立京都学・歴彩館
河州交野郡楠葉村関門絵図一分計 概念図                中西裕樹2009 「梶原台場の歴史と構造」『ヒストリア』217
河州交野郡楠葉村関門絵図一分計 概念図                中西裕樹2009 「梶原台場の歴史と構造」『ヒストリア』217
河州交野郡楠葉村関門絵図一分計 概念図                枚方市教育委員会文化財課 2010『大阪府枚方市所在楠葉台場跡 : 京都を守る幕末の関門』枚方市教育委員会文化財課
河州交野郡楠葉村関門絵図一分計 概念図                枚方市教育委員会文化財課 2010『大阪府枚方市所在楠葉台場跡 : 京都を守る幕末の関門』枚方市教育委員会文化財課
案内看板
案内看板
写真①西郭全景
写真①西郭全景
写真②西郭
写真②西郭
写真③北虎口
写真③北虎口
写真④番所
写真④番所
写真⑤見切塁
写真⑤見切塁
写真⑥南虎口
写真⑥南虎口
写真⑦砲座1他全景
写真⑦砲座1他全景
写真⑧見切塁他東からの全景
写真⑧見切塁他東からの全景
写真⑨南からの全景
写真⑨南からの全景
写真⑩火薬庫
写真⑩火薬庫
写真⑪北東からの全景
写真⑪北東からの全景

布屋新田台場

布屋新田台場は、1861年築造と考えられている。岡山藩による築造で、15拇砲を6門配備したことに始まる。

布屋新田台場位置図
布屋新田台場位置図
布屋新田台場位置図                         新田部分に8.5の数値あり、この位置が昭和7年の地図に記載の舊砲臺と記載がある場所と一致                      1/20000大阪西北部 明治42年測図・明治44.10.30発行
布屋新田台場位置図                         新田部分に8.5の数値あり、この位置が昭和7年の地図に記載の舊砲臺と記載がある場所と一致                      1/20000大阪西北部 明治42年測図・明治44.10.30発行
舊砲臺位置図                            1/25000大阪西北部 昭和7年部修・昭和9.10.30発行  
舊砲臺位置図                            1/25000大阪西北部 昭和7年部修・昭和9.10.30発行  
布屋新田砲台摂海御警衛場所并御台場御絵図                 池田家文庫 岡山大学付属図書館蔵
布屋新田砲台摂海御警衛場所并御台場御絵図                 池田家文庫 岡山大学付属図書館蔵

天保山台場

1864年安治川口への台場築造に着手、1865年には完成していたと思われる。稜堡が南に面する形で突き出ており、大火薬庫2ヵ所、火薬庫19ヵ所が設置された。砲門は正確な数はわかっていない。

天保山台場跡 位置図
天保山台場跡 位置図
1942年天保山航空写真 (大阪市)
1942年天保山航空写真 (大阪市)
天保山台場跡位置図                         1/20000大阪西南部 明治42年測図・大正1.11.30発行
天保山台場跡位置図                         1/20000大阪西南部 明治42年測図・大正1.11.30発行
大阪実測図 内務省地理局発行 明治21年
大阪実測図 内務省地理局発行 明治21年
大阪市中地区町名改正絵図 (大阪古地図集成 第16図)大阪市立図書館アーカイブ
大阪市中地区町名改正絵図 (大阪古地図集成 第16図)大阪市立図書館アーカイブ

北島新田砲台

北島新田砲台は西側先端部近くに砲台と観測所が設けられていた。

北島新田砲台位置図
北島新田砲台位置図
北島新田台場位置図                1/20000 堺 明治42年測図・大正1.11.30発行
北島新田台場位置図                1/20000 堺 明治42年測図・大正1.11.30発行
大阪府下東成郡敷津村字北島ニ於ケル陸軍用地位置略図       陸軍省用地を工兵隊作業場に使用の件   アジア歴史資料センター蔵
大阪府下東成郡敷津村字北島ニ於ケル陸軍用地位置略図       陸軍省用地を工兵隊作業場に使用の件   アジア歴史資料センター蔵
北島新田砲台跡                                             柴谷 1万分の1地形図「大阪近傍」の第16号 大正10年測図 大日本帝国陸地測量部 角田誠2012「明治初年における大阪湾の防備状況」『由良要塞Ⅲ』近代築城遺跡研究会
北島新田砲台跡                                             柴谷 1万分の1地形図「大阪近傍」の第16号 大正10年測図 大日本帝国陸地測量部 角田誠2012「明治初年における大阪湾の防備状況」『由良要塞Ⅲ』近代築城遺跡研究会
北島新田砲台 大阪府下東成郡敷津村字北島ニ於ケル陸軍用地位置略図を火星地形図「天保山」(②万分の1、目③維持18年測図)参謀本部郡部測量局に重ねた角田誠2012「明治初年における大阪湾の防備状況」『由良要塞Ⅲ』近代築城遺跡研究会
北島新田砲台 大阪府下東成郡敷津村字北島ニ於ケル陸軍用地位置略図を火星地形図「天保山」(②万分の1、目③維持18年測図)参謀本部郡部測量局に重ねた角田誠2012「明治初年における大阪湾の防備状況」『由良要塞Ⅲ』近代築城遺跡研究会

堺台場

堺砲台位置図 (国土地理院)
堺砲台位置図 (国土地理院)
堺台場現状変遷                                            旧1万地形図 堺西部 1921年測図・1923発行 大日本帝國陸地測量部
堺台場現状変遷                                            旧1万地形図 堺西部 1921年測図・1923発行 大日本帝國陸地測量部
堺台場現況変遷図                          仮製図 1/20000 堺 1884年測図 1891年発行 大日本帝國陸地測量部
堺台場現況変遷図                          仮製図 1/20000 堺 1884年測図 1891年発行 大日本帝國陸地測量部
堺浦両御台場絵図                                                            堺市立図書館地域資料デジタルアーカイブ
堺浦両御台場絵図 堺市立図書館地域資料デジタルアーカイブ
堺御台場之図                                       堺市立図書館地域資料デジタルアーカイブ
堺御台場之図                                       堺市立図書館地域資料デジタルアーカイブ

堺北台場

堺北台場は、1855年完成、海岸線と長辺が平行するコの字型に土塁を巡らすのみであった。後に方形に改修されている。土塁上には海に面した西側と南側に砲台を2基ずつ設置し、東側には虎口と虎口正面には遮蔽用の土手を設けている。

1942年撮影空中写真 大阪市
1942年撮影空中写真 大阪市
堺北台場看板
堺北台場看板
堺北台場跡看板
堺北台場跡看板

堺南台場

堺南台場は長方形に土塁を巡らし。土手上には西側に5基、北側に2基の砲台を備え、北側に虎口と虎口正面に土手を設けていた。後の改修により長方形から稜堡を設けた多角形になり、北側と南側には外堀が新たに掘削された。北側と西側の土塁は一段高く、土塁上には砲台を備え、砲台野下には火薬庫、火薬庫の前には土手を設けた。東側には2ヵ所の虎口を設け、虎口の横には番所を設置していた。

堺浦海岸砲台築造図絵(写)元治元年(1864)堺市立図書館デジタルアーカイブ
堺浦海岸砲台築造図絵(写)元治元年(1864)堺市立図書館デジタルアーカイブ
堺市作成 大浜公園 公園平面図 1:2000 別紙1管理区域図に加筆
堺市作成 大浜公園 公園平面図 1:2000 別紙1管理区域図に加筆

現状の公園の平面図に「堺浦海岸砲台築造図絵(写)」を重ね現況に沿うように修正したのが青線である。色違いの青線は虎口を表しているが、南側の虎口の位置は現状とも一致する。「仮製図 1/20000 堺 1884年測図」によれば、西半は何も描かれておらず、すでに失われていたかのようにみれる。

しかし、「旧1万地形図 堺西部 1921年測図・1923発行」に地図には西半にも土塁や石垣の残存を示す描写が求められる。その部分をスケールを合わせて記載したのが赤の破線である。

現状で図に示した地点で石垣にわずかな屈折が認められる。屈折点より南側は「旧1万地形図 堺西部 1921年測図・1923発行」の地図の記載にそうもので、北側は一致しない。

黄色の破線は新しいのかもしれないが、土塁に平行して積まれた石垣の位置を示したものである。

写真撮影位置図
写真撮影位置図
写真①
写真①
写真②
写真②
写真③
写真③
写真④
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写真⑤
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写真⑥
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写真⑦
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写真⑧
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写真⑨
写真⑨
写真⑩
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