【10月会議議事録】外からの来週に備えた軍事施設の研究チーム
外からの来襲に備える軍事施設の研究チームのKTです。
みいなさん、あつしくんが小豆島に行ったとのことでミーティングではその成果報告をしてくれました。また、私とよぐさんの研究テーマの徴用船についても共有しました。
・小豆島での調査について
まずは、天狗岩に訪れたそうです。天狗岩は小豆島での最大級の石切り場だそうです。また、小豆島は石切り場として各藩から重要な場所であったそうですが、島に渡っていろいろな場所で異なる藩の石切り場として使われていたと教えてくれました。
そのあと、小豆島町立図書館での資料調査を行ってくれました。現地に残る1次資料を入手し、これから分析をしていってくれます。
また、親戚の方に海岸を案内してもらい現在と昔の浜辺の石の量などの違いを教えてもらったそうです。
実際に資料や、石切り場、現地の人からの情報を得られるうフィールドワークは文化遺産プロジェクトの真骨頂だと話を聞いていて思いました。
・徴用船について
先月の対面ミーティングから徴用船について調査を進めていく見通しがたち、そもそも徴用船とは何か?どんな船があったのかについてこの2か月調べていました。
徴用船には3つのラベルがつけられます。徴用しているのが陸軍であるのがA船、海軍であるのがB船、国家使用船として政府が徴用しているのがC船といったように分類があることがわかりました。また、1つの船に1つのラベリングがされるのではなくA船からB船になったり、役割や所有者が変わることもあります。
特に、第二次世界大戦期末期になり、日本の戦況が厳しくなってくると持っているリソースを有効活用するために目まぐるしい船の徴用の変遷が起きます。
その中でも対馬丸は民間船として使われていたところからA船として徴用され、C船として貨物輸送を担い、A船に戻り、最後はC船として沖縄から子供たちを疎開輸送していたところを沈められてしまうという壮絶な一生を遂げています。
船の呼ばれ方だけでなく、使われ方にも面白いものがありました。一般に徴用船では貨物や時には軍事的に兵士や兵器を輸送することが多いのですが、病院船という法的に特別な地位を与えられる船として活動することもあります。
病院船というのは、その名のとおり、病院として負傷した兵士を救護する役割を持つ船です。ただ、敵味方関係なく国籍を問わずすべての負傷者を助けるという義務を持ち、軍事目的に使用してはいけないのです。
徴用船のなかにも、病院船としての役割を全うしていた船があり、橘丸、第二氷川丸という船が調べていく中で気になっています。
橘丸というのは偽装病院船と言われており兵士や武器を輸送したというデータがのこっています。
第二氷川丸はオランダの客船を拿捕し、病院船に改造したのち病院船として活動し、最後は自ら沈められています。
という、病院船の定義や気になった船の人生を調べ、今後は経歴や特徴について調べていこうと思っています。
メンバーそれぞれが良い成果を報告できるように頑張っています。






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