【幕末の海戦】セレンディピティ~堤防の成り立ちを調べに日帰りプチ現地調査~
- 幕末の海戦チーム

- 2 日前
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更新日:19 時間前
現地人、森です。
最近、Podcastで「水中文化遺産ラジオ」というものを聞くのが、私の中で流行っています。
その中で中田先生が、セレンディピティについて語っておられました。
セレンディピティ
「何かを探しているときに、探していたものとは別の価値があるものを偶然発見すること」
ある宣教師がカンボジアに行ったときに、腰を下ろしたらそこに石像があった。
これが後のアンコールワットである、と。
見つけようと思って見つけてない。そんな中で発見がある。
それがセレンディピティだ。と。
サイエンス分野では、一番有名なのはペニシリンの発見じゃないでしょうか。
宇宙マイクロ波背景放射とか、白川先生のプラスチックとかもそうだろう。
全然、関係ないようなことでも、
深い洞察眼をもって過ごしていれば、
見えないものも見えることもある。
このセレンディピティの事例を胸に抱えて、
バタやんがどうしても「堤防の成り立ちが知りたい!」っていうから、

わざわざ仕事を休んで、
マツさんと二人で調べに行ってきました。
由岐漁港の管理台帳を調査
まず阿波沖海戦の会場となった由岐町の上空写真を見てみましょう。

これが由岐町のほぼ全景で、由岐漁港は全部見えています。
年代をたどるにつれて、堤防が伸びていたり、増築されたりしている様子はここからも見てとれます。
そして今回、
この堤防がいつ工事されたのか、その管理台帳があるということが分かったので、それを見せてもらいに行ってきました。
それもこれも、チーム阿波沖の筆頭エースプレイヤーの尽力のおかげでございます。
そこで見せてもらったのは地図と台帳で、
地図に振られたNo, を見ながら台帳と照らし合わせて、情報収集しました。
結果、工事が行われた年月が分かりました。
「埋め立て時期は古すぎて分からない」
とりあえず任務を達成したあと、談笑をしている中で、
「埋め立てた時期は古すぎてわからない」という話が出た。
今回、堤防の成り立ちを調べたが、これだけ広範囲を埋め立てた工事については分からなかった。

なんとか分からないか、と議論している中で、
役場の○○さんに聞いてみたら何かわかるかも、とエースプレイヤー。
ちょうど役場に行く用事もあったので、みんなで役場へ行き、
住民課とか福祉課とかを横目に、奥の事務室のようなところへ一直線。
役場の事務室で雑談
そこで、
エース「由岐の埋め立てたときの資料か何か知らんで?」
おっちゃん「ほんなん、ごっついふるーて何も残ってないわ」
エース「ほなけど、埋め立てた土地に民家が建っとるってことは、町がやったんちゃうか」
おっちゃん「町の古い書庫を漁ったら出てくるかもしれんな」
おっちゃん「なんでほんなん調べよん?」
エース「ほれがな、神戸大学のなんかで阿波沖海戦について調べよんよ。知っとる?」
おっちゃん「なにほれ」
エース「幕末にな、そこのぬの島に船が座礁して爆発しとんよ」
おっちゃん「へえーーほんでほれを調べよんけ」
おっちゃん「ぬの島で船いうたら、○○さんが宿しよるときに船が乗り上げたでえなあ」
エース「ほうなん?」
おっちゃん「おーあれ以来あそこらへんのうみうしがおらんようになってしもた」
おっちゃん「座礁した船の乗組員が外国人だったけん、全部食べてもたらしい」
とかなんとかいろいろ談笑してて、
なんやかんやで、次回、その宿直してたときに船が乗り上げた当時の話を聞きにいくことになりました。
バタやんの「堤防の成り立ちを知りたい」というところから、
昭和時代、ぬの島に座礁したときの話にバトンが渡りました。
この物語の行方は・・・




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