top of page

【徳島チーム】佐々木ランディ先生と徳島チーム! イン海陽町 ①海陽町博物館で作戦会議

徳島チーム全員集合~~!!


8.8  海陽町へやってきました!


海陽町立博物館
海陽町立博物館

海陽町立博物館でついたメンバーからなかに入っていく。


 


徳島県チームには

強力な助っ人が

きてくださりました


◉海陽町立博物館の、 別府さん 

最近、 こちらの海陽町で発見された、

多良古墳群5基の古墳をみつけた 女性職員さんで地元の海陽町の遺跡や、場所に詳しい。


◉公益財団法人 徳島県埋蔵文化財総合センター 研究主幹(レキシルとくしま)兼、徳島県庁文化財の職員、 大橋さん 

徳島県全域の文化財、遺跡に関して知識が豊富でなにを聞いてもすぐに答えて教えてくださる。


心強いお二人と共に、作戦会議開始!


参加メンバー

佐々木ランディ先生、アッキー、きーちゃん、きーちゃんのお父さん、まつトミー


私たちの調査する場所は


海陽町にある 那佐湾(なさわん)というところ。


Googleマップより
Googleマップより

今回は、

フィールド2組と海上1組(ドローン)の三組ににわけて、

調査をすることに。



海部町史年表  別府さんより資料を頂く。

別府さんより資料2
別府さんより資料2

対岸に渡れる、桟橋があった。

狼煙台があったから、戦国時代などは、アクセスするためにあったのでは。


戦争のときに、海岸などを監視するためのものがあった。


戦国時代の財宝について

 お隣、高知の 長宗我部家の末子 体が弱かった 島弥九郎が有馬へ湯治のため家臣三十余人と風待ち中、徳島県側が高知の奇襲と思い違い、攻撃をしかけた。 追い詰められて、島弥九郎たちは討死したといわれている。 その後は、有馬に湯治とゆうことで、多額の金銀財宝を持っていたのではないかといわれ、埋められている伝承も現在まで残っている。


二子島が関係するようだ。


どこに、停泊していたのか…


Googleマップより
Googleマップより

ここで、世界の海を知る、水中考古学についてのプロである 海のランディジョーンズこと、

佐々木ランディ先生が、私たちに分かりやすく説明してくださり、 それをもとに仮説をたてた。


アムステルダムとテセル島 


アムステルダムは、大きい船を停泊させることができた。


テセル島へは小さい船に乗っていく。

周りには何十隻も昔の沈没船がみつかっているらしい。


那佐湾にある島も同様に

昔から、大きな主要 港だったのではないだろうか。


昔から 那佐湾にある島は鞘のような形をしていたように文献には書いており、

主要な港は納得できるなとおもいました。


海陽町立博物館では、古墳時代前の遺跡について、

主要な港が昔からあったと思われる根拠が記されていました。 


海陽町立博物館内 資料より
海陽町立博物館内 資料より

まつトミー雑談ーーーー

日本の神話がすきな私は

けんのうえに座る

建御雷神と天鳥船神(あめのとりふねのかみ)のくに譲りのお話が頭にうかびます。


2柱の神は、出雲の国の稲佐(いなさ)の浜に降ると、剣を抜き、その剣を波間に逆に刺して、切っ先の上にあぐらをくんで座ると、この国を治めている大国主神(おおくにぬしのかみ)に、この国を天神の御子に譲るかどうかを問うという場面があります。

もしかして、これは、どこかの国の主要な港でおこった話だったりして!?

なんておもってしまいました。

        ーーーーーーーーーーーーーーーー


鞆浦漁協さんへの前回の挨拶時に

天候による那佐湾での調査中止基準について、

風の影響をうけにくい 地形になっていると説明を聞きました。


確かに

風待ちは存在していたのでしょう。


しっかり停泊できる場所があったのでは。という仮説をたてつつ、


もしかしたら、そこの近くには 


テセル島のように 舟の痕跡があるのかもしれない?!


今回は、水中では、水中ドローンのみ使用。


調査で大切なことも、佐々木ランディ先生から教わった私たち。


今回は、私たちの都合で日にち時間を決めたが、

水中調査をするときは、潮のコンディションをみてが基本。とのこと。


ほうほうなるほど!😆


私たちのいったときは、、

干潮。だいぶ下がってるみたい。

いいようにとると、

これなら、歩いて二子島へ渡れるかも!


さて、桟橋を探る班は、石をみつけていくことが重要。


また、那佐湾にうかぶ、鞘のかたちの島内での、遺跡へたどり着くための道のり探し。


場所について、私たちは、Googleマップと、

手がかりを便りにPCとにらめっこ。


海陽町博物館館長さんが、遺跡のある島の中から撮している写真を便りに…

手がかりリスト

(上に小さいフェンスがあって、下に大きいフェンスが、キイロい標識。スタンドの前浅橋がある…山の尾根がみえているところ)

これと当てはまるところを延々と、Googleマップアースでみつける…

もう、呪文みたいです 笑


アッキーは 地理に強くて、

 ここですね!とみつける。

早かった!!


そして、班決め

水中ドローン組  佐々木ランディ先生、きーちゃん、大橋さん、 別府さん 


桟橋部  陸からと船からとアプローチ  アッキー


ビーチコーミング部 きーちゃんのお父さん、 まつトミー、 後で到着組、NICKと、tsuka4013


佐々木ランディ先生からの詳しい人がいるほうがいいかも、と きーちゃんのお父さんは、じつは、大橋さんと同じ職場のかたで、遺跡について特にお詳しい!

すごい!心強い!ありがたいです!✨


また、 大橋さんや、別府さんからの那佐湾以外の

海部郡内の遺跡について 他の場所の情報ももらう。


中世の遺跡があるところや

今の現在は、運動場になったところが、昔はちょぼく場だったり


昔の地図と今のGoogleマップで調べ中
昔の地図と今のGoogleマップで調べ中

海陽町だけではなくて、海部郡には、

歴史のあると思われるところは あまり残されていないこともわかった。


当時は、

遺跡について重要視がなかったように感じる。



この情報に関しては、また次の日に行けたら行こうということになった。


また、海部郡は、剣が有名なようでした。


情報が整理され、 私たちは次へとむかいます✨


次回へつづく…✨
次回へつづく…✨

 


海陽町立博物館

 




















 




















コメント


〜あなたが見つけた水中遺跡の情報をお寄せください〜

サイト内コンテンツ
HOME
​ 
サイトトップページ
WHAT WE DO
  私たちが目指すこと
WHAT WE ARE
 プロジェクトメンバー紹介
OUR PROJECT
 プロジェクトの紹介
VIDEO
 動画コンテンツ
NEWS
 最新情報
CONTACT
 コンタクトはこちらから

プロジェクトメンバー専用

神戸大学海洋文化遺産プロジェクト

総合知手法創出チーム

ADDRESS

〒658-0022

兵庫県神戸市東灘区深江南町5-1-1

神戸大学深江キャンパス 中田研究室

PHONE

電話番号
水中遺跡ハンドブック

EMAIL

メールアドレス

水中遺跡ハンドブッ
​PDF版を無料ダウンロード
プロジェクトメンバー
​木村准教授が携わっております

 

© 2024 by CKUH KOBE. All Rights Reserved. Privacypolicy.

bottom of page