11月3日、大分チームの安井翔、しんかい、立花、こふみの4人で今回の研究の重点対象地域である日出町を訪れました。事前にアポイントを取っていた、地元の郷土史家魚住修三さん(90)歳と回天大神(おおが)訓練基地記念公園で待ち合わせしたところ、魚住さんは自ら車を運転して来てくださいました。休憩所で資料を拝見し、回天基地の歴史や戦後の回天投棄のエピソード、戦争遺跡の保存の現状についてお話を伺いました。
魚住さんによると回天の訓練には震洋が追従し、見守りを行っていたため、大神基地には震洋が2基あったそうです。
大分チームメンバーの現地見学を歓迎してくださり、魚住さんの予定を変更してまで訓練基地や回天神社を案内してくださいました。大神基地の本部や士官住宅、下士官住宅のあった場所を通り過ぎ、士官の浴場が残っている民家などを案内していただきました。ここは普段はお住まいの方がいらっしゃるため通常は入れないところなのですが魚住さんの“人脈”で敷地内にお邪魔させていただきました。貴重な経験となりました。
大神基地の酸素圧縮ポンプ室や回天格納庫は見学可能でしたが、燃料格納壕など多くの施設は案内マップがあるにもかかわらず、草木や竹藪に埋もれ、近づくことすらできなかったのは大変残念でした。私たちが魚住さんから話を聞いている間にも県内県外ナンバーの車が次々と訪れており、回天ならびに訓練基地であった大神基地への関心の高さ、訪れた人たちの平和への思いがうかがえました。いつのまにか草木や竹藪に埋もれてしまった基地は太平洋戦争の“物言わぬ語り部”であり、公園の整備とともに全容の解明が待たれます。
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