外からの来襲に備えた軍事施設の研究─それらの遺構を探る 調査成果 そのⅣ
更新日:8月22日
海外からの脅威 第4波 欧米ロからの圧力に対する防衛 明治編
5.資料提示 和歌山市周辺
参考文献
角田誠 2009「Ⅲ . 深山地区の砲台・堡塁」『由良要塞跡Ⅰ~大阪湾防禦の近代築城
遺跡~』近代築城遺跡研究会
角田誠 2010「Ⅳ . 加太地区の砲台・堡塁」『由良要塞跡Ⅱ~紀淡海峡の近代築城遺跡~』近代築城遺跡研究会
和歌山県教育委員会 2025 『和歌山県近代の文化遺産章再調査報告書Ⅰ』和歌山県教育委員会

深山砲台
深山第1砲台
第1砲台は、28cmの榴弾砲で、2門1組の砲座が3組、総レンガ造りで東西に並び、砲座間の連絡は砲座後方のに設けられた隧道によっている。(角田誠 2009)


深山第2砲台
第2砲台は、28cmの榴弾砲で、2門1組の砲座が3組、15cm白砲2門1組の砲座が2組である。(角田誠 2009)


加太砲台
カノン砲4門が南北直線上に並び、左右の両翼に指揮所、右翼に観測所が設けられていた。現在は左右両翼の砲座とそれに隣接する半地下式の砲側庫、および両翼の指揮所と観測所などが残されている。砲座はコンクリート造りで、間損する右翼砲座では砲を撤去したままの姿で砲床部が残っている。砲座間の掩蔽はコンクリートおよび石垣造りで、入り口部分にはレンガも使用されている。(角田誠 2010)


男良谷砲台
12cm速射カノン砲2門1組の砲座が2組備えられていた。砲座全面は段傾斜で海岸に向かって下がり、砲座の背後は1段テラスがあって、兵屯部の平地が広がっている。
男良谷には水雷発射施設が増設されてからは、水雷施設の防御が主な役割になっていた。(角田誠 2009)


大川山堡塁
本堡塁は中央に2門組の9cmカノン砲の砲座を北向きに沖、砲座の右翼のみ横墻をおいている。(角田誠 2009)

佐瀬川堡塁
佐瀬川低堡塁は、砲座3基が1列に並べられている。各砲座はそれぞれふたつに区画されているので計6門の概報が据えられる構造となっている。ここに9cmカノン砲が据えられていたのだろう。低堡塁は現在、改変を受けて、再利用されているが、概ね本来の構造は残されている。(角田誠 2010)

高堡塁は山頂部を残し、そこを中心として2重の塹壕を4周に設けられている。内側の塹壕と外側男塹壕との間の土塁上、内側部分には壁面石垣造りのステップが設けられ、ここに砲座が置かれたものと考えられる。
外側塹壕の外周部は土塁が巡り、その西側だけ開口して、そこから低堡塁に至る交通路が始まっている。(角田誠 2010)

田倉崎堡塁
2門一組の各砲座には横墻が設けられ、左翼のものを除いては横墻内部にそれぞれ単式の砲側庫が設けられている。これらの施設はコンクリート、石垣、レンガ等の組み合わせによって築造されている。現在公園となっており、砲座本体や胸墻部などが翼残されている。 (角田誠 2010)

西ノ庄堡塁跡
2門一組で3組の砲座が南北に並び、砲座間には掩蔽部をゆうする横墻が設けられていた。
現在和歌山西高等学校があり、完全に消滅している。(角田誠 2010)

深山演習砲台
東西2ヵ所の観測所を中心として、その西側と南側にそれぞれ中央を横墻で区画して2砲座とした土塁を築いた砲座を廃していた。(角田誠 2009)

高森山堡塁
高森山堡塁は計画のみで終わったものである。






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