外からの来襲に備えた軍事施設の研究─それらの遺構を探る 調査成果 そのⅣ
- 軍事施設チーム

- 7月16日
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更新日:5 日前
海外からの脅威 第4波 欧米ロからの圧力に対する防衛 明治編
2.資料提示 鳴門方面砲台群見学記
鳴門方面砲台群は、門崎砲台が1897年3月から、続いて笹山砲台と行者嶽砲台が1897年10月から建設が開始されている。
笹山砲台には二十八糎弾砲6門
門﨑砲台 25口径24センチ要塞砲(カノン)2門
斯加式9糎速射要塞砲(カノン砲)2門
行者嶽 制式26口径カノン砲(26口径24糎加農砲(24センチカノン砲)) 計6門
柿ヶ原堡塁砲台 制式9糎要塞砲(カノン砲)4門、三八式野砲6門、二十八糎弾砲6門
孫崎砲台 口径24センチ榴弾砲9門
これらの内、近年発掘調査によって明らかとなった門崎砲台以外はその全容はあまりわかっていない。

孫崎砲台 通路以外は急峻な崖状態で散策を取りやめ





笹山砲台は道路建設等の影響か周囲にそれらしきものは見つけられなかった。


行者嶽砲台はその施設すべてを終戦後に米軍によって爆破されたと言われている。
行者嶽砲台は定本義広氏によって詳細な報告がなされている。(定本義広 2010「福良地区の砲台・堡塁」『由良要塞Ⅱ』近代築造遺跡研究会
今回砲座を5門追認できた。砲座の番号は今回確認した順につけた仮の番号ある。











行者嶽 制式26口径カノン砲(26口径24糎加農砲(24センチカノン砲)) 計6門の内5門の砲座を確認できた。なお、『現代本邦築城史2部4巻』によると、行者嶽の砲座は高所と低地に設置されたとの記載も見受けられるので、6門目の砲座は一段下にあるのかもしれない。



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